あいうえお花

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昔話研究会

今日は、昔話研究会の忘年会でした。岡山国際ホテルの一室で和のコース料理です。昼からだったので飲み物はウーロン茶です。最初のお料理と3番目のお刺身しか写真に収められませんでした。皆様の近況報告を聞きながらだったので、お話を聞く方に夢中になってました。
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稲田和子先生から、近々発行する予定の本を紹介していただきました。こどものとも1月号「ごぶじろう」(福音館書店)です。面白いお話です。挿絵はお嬢さんのいなだなほさんです。
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「五分次郎」のお話は「岡山の民話」のホームページにも載っています。興味のある方はお読みください。岡山県の真庭地方で採話されたものです。→こちらから

姫路にお住いの研究会員の方から「姫路の歴史を語る工芸品」の展覧会パンフレットをいただきました。
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昨日、仙台の友達から、宮城県産のリンゴが届きました。ひとつひとつがおおきくてびっくり。甘くてジューシーでした。
どうもありがとう!!
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アジア民間説話学会第13回国際シンポジウム大会

アジア民間説話学会第13回国際シンポジウム大会が8月22日~24日まで岡山の「ピュアリティまきび」で開催されました。北京へ行ったときお世話になった劉先生や高木さんにもお会いすることができました。
テーマは「東アジアの昔話における<家族>」というテーマで論文の要約等の発表でした。中国・韓国・日本に共通にみられる「お話し」を中心に興味深い話が聞けました。また、筒井先生の「語り」もありました。
「サルカニ合戦」「屁ひり嫁」など引き込まれるように堪能させてもらいました。

同時通訳は、韓国と中国の女性です。とても大変なお仕事ですが、すばらしい語彙力に感服しました。

桃太郎

桃のおいしい季節ですね。「夢白桃」という新しい品種がおいしいとか、まだ食べていません。テレビでも岡山市一宮の「夢白桃」農家を頻繁に取材・放映されていて、ますます食べたい~。 そ・こ・で
今日は昔話の「桃太郎」について少しお話します。
先日、「桃太郎のお話って岡山ですね」と尋ねられたのをきっかけで、「桃太郎の話は全国にいっぱいあるんですよ」とお答えしたところ、少し詳しく教えてということになりました。

                    桃太郎のマトリョーシカ

桃太郎話は、福井県敦賀市の気比神宮の梁にある桃太郎の彫刻を根拠に、室町時代末期には成立していたと言われています。その後、江戸時代には赤本で流布され、明治20年には尋常小学校の教科書に採用され現在のストーリーが有名になりました。そして「岡山の桃太郎」として定着することになったのには、吉備津彦命の温羅伝説などに関連して、様々な方々の研究や広報の影響があります。山陽新聞社から、1995年に発行された「桃太郎伝説の謎」に詳しく書かれています。興味のある方は図書館でご覧になれると思います。

桃太郎の話は、全国にたくさんあると言いましたが、とくに、岡山、高松、犬山市(愛知県)が「三大伝説地」と言われています。高松は鬼が島があるので説得力がありますが、犬山市って意外な感じですね。「桃太郎神社」のキーワードで検索してみると「犬山市が本拠地?だったの」って思わされますよ。(笑)

 ストーリーも全国さまざまですが、基本的には「鬼退治型」と「山行き型」に分けられています。
 岡山県には「横着者--寝太郎型」と「鬼退治型」の桃太郎があります。備中地方には 吉備団子を半分しか分けてやらない桃太郎の話もあります。(これは食料を共有し、同志 として戦うという意味がある。)「鬼退治型」では、お供が「猿・キジ・犬」ではなく 「臼・牛糞・蜂・カニ・鉄砲玉」です。これは全国に わたって採集例があり、「猿かに合戦」によく似ています。互いに影響しあって流布されたものでしょう。江戸時代の「赤本」で現在の桃太郎が普及しすぎたため、本来の桃太郎の姿が見えにくくなってきているようです。

岡山県高梁川流域で採話された「横着者--寝太郎型」のお話をひとつご紹介します。長文で方言が分かりにくいので、興味のある方だけどうぞお読みください。
ーーーーーーーー 桃の子太郎 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんと昔があったそうな。
じいさんとばあさんとおったそうな。
ある日、じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯にいったそうな。
そうしたところが、川の上から大きな大きな大きな桃が、
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
と流れてきたそうな。ばあさんが、
「こりゃぁ、ええもんが流れてきた」
いうて、たべてみたところが、何ともいえんほどうまかったそうな。
じいさんにあげよう思うて、
「もう一つ流れい、じいさんにやる。
もう一つ流れい、じいさんにやる」
いうたところが、また大きな大きな桃が、
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
と流れてきたそうな。ばあさんは、それを拾うてもどって、戸棚の中へ入れておったそうな。

 二人が、桃を切ろうとしたら、ポカッと桃が割れて、中から大きな男の子が、フンギャー、フンギャー言うて出たそうな。
「うわあっ、こりゃあ!じいさん、男の子が出てきた」
「ほうっ!かわいがって、大きゅうしてやろう」
「ああ、よかった、よかった。桃から生まれたんだけん、桃の子太郎という名にしたろう」
それから、桃の子太郎という名にして、
「桃の子太郎や、桃の子太郎や」
いうて、おかゆをたいてやったり、魚をかってやったり、ごっつぉう食べさせて、かわいがっていたそうな。

桃の子太郎が、大きゅうなったころ、近所の人が、
「桃の子太郎、山へ木を切りに行こうえ」
いうて、さそいにきたそうな。桃の子太郎は、
「今日は、荷綱をなわにゃならん」
いうて行かなんだそうな。あくる日、
「行きましょうえ」
「今日は、せなあてをつくらにゃならん」
その次の日、
「行きましょうえ」
「今日は、わらんじのひげをむしらにゃならん」

 四日目に、ようよう連れなって山へ行ったそうな。行くにはいったが、桃の子太郎は、切り株のところで、グワラー、グワラー、大いびきをかいて、寝るばかりしていたそうな。 昼になると、桃の子太郎は、むっくり起きて、
「さあ、昼飯だ」
と、飯をぱくぱくぎょうさん食うて、また切り株の横で、グワラー、グワラーと、寝るばかりしていたそうな。
晩方になったので、近所の人が、
「桃の子太郎、もういにましょうえ」
いうたら、桃の子太郎は、ワァーッとあくびをして、大きな木の根っこへ行って小便をして、その木をゴボッと引き抜いて、かたいで戻ってきたそうな。
「ばあさん、もどったで」
いうから出てみたら、ふりかたいでもどったのは、ぎょうさんな、がいなもんじゃ。
「どこへ置こうか、庭端(かどはな)へ置こうか」
「庭端へ置きゃあ、庭端がくだける」
「そんなら軒下へ置こうか」
「軒下へ置きゃあ、軒下がくだける」
「そんなら、木床(きどこ)へ置こうか」
「木床へ置きゃあ、木床が割れる」
そこで、桃の子太郎は、裏の川へ投げ込んだところが、パッシャーン!と大きな音がして、
じいはじっくり、ばあはばっくり腰をぬかしたそうな。

昔こっぽり。

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寝てばっかりの桃の小太郎は実は力持ちだったというお話で、鬼退治はしません。話としてはあまりストーリー性はないですね。でも、ことばのリズムがおもしろいので、いろりばたで子供たちは目を輝かせて聞いていたのでしょう。その証拠にずっとずっとちゃんと語り継がれてきています。

昔話には、悪いことをしたもの(悪いおじいさんとか悪いきつねとか)を最後にはとっても懲らしめるという結論が多いですが、最近では悪いことをしたものも改心したので、許してあげるというようにストーリーを変えたり、残虐な個所のあるお話を隠したりする傾向があります。
子どもたちは、楽しいことも良いことも悪いこともつらいこともひどいことも・・・(全部この世の現実なんですから) いろんな感情をお話から経験して、正しい考えができる『人』に成長していくのではないのかなって思っています。
                      絵は娘が小学校のころパソコンで描いたものです

アジア民間説話学会国際シンポジウム大会

 この8月末にアジア民間説話学会第13回国際シンポジウム大会が岡山で開催されます。
アジア民間説話学会は,1994年稲田浩二先生が提唱され発足した学会で、新たな国際的なタイプインデックスをアジアの研究者と共同で作成したいという構想をお持ちでした。そこで、韓国と中国、両国における昔話研究の第一人者、崔仁鶴先生と劉魁立先生に打診され、三先生の呼びかけによって,この学会が設立されました。そして、同年3月、第1回の国際シンポジウム大会が開催され、その後、3か国が隔年回り持ちでシンポジウムを開催してきました。今年は、稲田先生の郷里である岡山で初めて開催することになりました。崔仁鶴先生と劉魁立先生も参加されるとのこと、稲田先生もさぞかし喜んでおられると思います。
 数年前、中国、北京の「北京師範大学」で開催されたシンポジウムに出席させていただき、貴重な体験を得ることができました。その時の写真を出してきて懐かしんでみました。

天安門です。時間がなかったので車で眺めただけです。

万里の長城です。

この木を見たことがありますか?日本名「しだれえんじゅ」。中国名は「竜爪槐」というそうです。

北京大学の学生さん、通訳と観光案内をしてくれました。優秀な女性たちで京都大学へ留学するのが夢だそうです。

「明の十三陵」です。

京劇も見ることができました。昔から是非見たかったので、感激しました。

伊勢参り

 一昨日、伊勢参りに行って帰ってきました。命の洗濯をしてきました。おなかも満腹・・少しダイエットしなければいけません。宿泊は、賢島まで足を延ばしました。英虞湾の素晴らしい夕景を堪能しました。


 伊勢参りと言えば、昔話に「むかでとなめくじの伊勢参り」というお話があります。かつて(何十年も前)「岡山の民話・昔話」を調査して、県北の方を行き来していたのを思い出しました。
 今日は、趣向を変えてお話をアップしてみます。 哲西町の 賀島飛左さんが語られた話です。挿絵は拙い絵を描いてみました。(十数年前に描いた挿絵です)

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 むかし、あるときに、むかでがぐにょりぐにょりして、とてもたいくつ なので、伊勢まいりをしようと思いついたけど、いっしょに行く友達がないとさみしいので、
「よし、なめくじをさそっていこう。」と思って、なめくじのところへ行って、
「おい、なめくじくん、伊勢まいりをせんか?」
と言ったら、
「うん、そりゃあしてもええよ」
言うて
「そりゃしてもええよっと言わんで、ちゃんと決めえや」
言うたら、
「ふん、そりゃあ決めよう。わしも参る。」
言うて
「いつ参る?」
言うたら、
「まあ、早いほうがええから、あしたでも参ろうや」
いうて、
「うん、参ろう。それなら、あそこの道の分かれたところで、先に 来たほうが、待つことにしよう。」
いうて
「うん、それならそうしよう。」
 それから朝になって、なめくじが弁当を作ったりして、分かれ道のところへ 来て待っても待ってもむかでが来んのじゃそうな。
 まあ、むかでは足が百本もあって速いから 待ちくたびれて、先に行ったんだろうと思って、なめくじは足がのろいので一所懸命あとを追って行った。

 伊勢までいったら追いつくだろうと思って伊勢に着いてまわりをいろいろさがしてもむかでは どこにもおらん。
 こりゃあ困ったことだ。しかしむかでは足がはやいからもう帰ったかもしれん と思ってまた一所懸命もどって、それからむかでの家へ行ってみた。

「おい、むかでくん、どうしょうるん?」
いうたら、
「わしは、わらじを作りょうるよ。おまえは?」
「わしは、あんたが足が速いけえ、もう伊勢にまいったんじゃろう思うて、 行ってみたら、伊勢にもおらんし、またもどる道にもおらんから来てみたんじゃ。」
言うたら、
「ふーん、早う行って来たなあ。わしはまだわらじを作りょうる。百も作らんと いけんけえ、まだ三足ほど作らんと足らんのよ。」
いうたら、
「そんなことかよう、わしは参ってもどったけえ、二度と参らんぞよう。」
言うて、なめくじは帰っていったそうな。

         語り手:阿哲郡哲西町川南 賀島飛左




日本昔話通観549 「なめくじとむかでの旅」

「兎と亀」のような動物競争の話です。昔は「一生に一度は伊勢参りはするもの」と いわれていました。むかでとなめくじがそれをするおもしろさに加えてむかでの足が 多いことにおかしさがありますね。想像をするとむかでのひょうひょうとした風貌や なめくじの人の良さなどが見えて人間社会にもあるかな?と思われます。