あいうえお花

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桃太郎

桃のおいしい季節ですね。「夢白桃」という新しい品種がおいしいとか、まだ食べていません。テレビでも岡山市一宮の「夢白桃」農家を頻繁に取材・放映されていて、ますます食べたい~。 そ・こ・で
今日は昔話の「桃太郎」について少しお話します。
先日、「桃太郎のお話って岡山ですね」と尋ねられたのをきっかけで、「桃太郎の話は全国にいっぱいあるんですよ」とお答えしたところ、少し詳しく教えてということになりました。

                    桃太郎のマトリョーシカ

桃太郎話は、福井県敦賀市の気比神宮の梁にある桃太郎の彫刻を根拠に、室町時代末期には成立していたと言われています。その後、江戸時代には赤本で流布され、明治20年には尋常小学校の教科書に採用され現在のストーリーが有名になりました。そして「岡山の桃太郎」として定着することになったのには、吉備津彦命の温羅伝説などに関連して、様々な方々の研究や広報の影響があります。山陽新聞社から、1995年に発行された「桃太郎伝説の謎」に詳しく書かれています。興味のある方は図書館でご覧になれると思います。

桃太郎の話は、全国にたくさんあると言いましたが、とくに、岡山、高松、犬山市(愛知県)が「三大伝説地」と言われています。高松は鬼が島があるので説得力がありますが、犬山市って意外な感じですね。「桃太郎神社」のキーワードで検索してみると「犬山市が本拠地?だったの」って思わされますよ。(笑)

 ストーリーも全国さまざまですが、基本的には「鬼退治型」と「山行き型」に分けられています。
 岡山県には「横着者--寝太郎型」と「鬼退治型」の桃太郎があります。備中地方には 吉備団子を半分しか分けてやらない桃太郎の話もあります。(これは食料を共有し、同志 として戦うという意味がある。)「鬼退治型」では、お供が「猿・キジ・犬」ではなく 「臼・牛糞・蜂・カニ・鉄砲玉」です。これは全国に わたって採集例があり、「猿かに合戦」によく似ています。互いに影響しあって流布されたものでしょう。江戸時代の「赤本」で現在の桃太郎が普及しすぎたため、本来の桃太郎の姿が見えにくくなってきているようです。

岡山県高梁川流域で採話された「横着者--寝太郎型」のお話をひとつご紹介します。長文で方言が分かりにくいので、興味のある方だけどうぞお読みください。
ーーーーーーーー 桃の子太郎 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんと昔があったそうな。
じいさんとばあさんとおったそうな。
ある日、じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯にいったそうな。
そうしたところが、川の上から大きな大きな大きな桃が、
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
と流れてきたそうな。ばあさんが、
「こりゃぁ、ええもんが流れてきた」
いうて、たべてみたところが、何ともいえんほどうまかったそうな。
じいさんにあげよう思うて、
「もう一つ流れい、じいさんにやる。
もう一つ流れい、じいさんにやる」
いうたところが、また大きな大きな桃が、
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
ドンブリコンブリ スッコンゴウ
と流れてきたそうな。ばあさんは、それを拾うてもどって、戸棚の中へ入れておったそうな。

 二人が、桃を切ろうとしたら、ポカッと桃が割れて、中から大きな男の子が、フンギャー、フンギャー言うて出たそうな。
「うわあっ、こりゃあ!じいさん、男の子が出てきた」
「ほうっ!かわいがって、大きゅうしてやろう」
「ああ、よかった、よかった。桃から生まれたんだけん、桃の子太郎という名にしたろう」
それから、桃の子太郎という名にして、
「桃の子太郎や、桃の子太郎や」
いうて、おかゆをたいてやったり、魚をかってやったり、ごっつぉう食べさせて、かわいがっていたそうな。

桃の子太郎が、大きゅうなったころ、近所の人が、
「桃の子太郎、山へ木を切りに行こうえ」
いうて、さそいにきたそうな。桃の子太郎は、
「今日は、荷綱をなわにゃならん」
いうて行かなんだそうな。あくる日、
「行きましょうえ」
「今日は、せなあてをつくらにゃならん」
その次の日、
「行きましょうえ」
「今日は、わらんじのひげをむしらにゃならん」

 四日目に、ようよう連れなって山へ行ったそうな。行くにはいったが、桃の子太郎は、切り株のところで、グワラー、グワラー、大いびきをかいて、寝るばかりしていたそうな。 昼になると、桃の子太郎は、むっくり起きて、
「さあ、昼飯だ」
と、飯をぱくぱくぎょうさん食うて、また切り株の横で、グワラー、グワラーと、寝るばかりしていたそうな。
晩方になったので、近所の人が、
「桃の子太郎、もういにましょうえ」
いうたら、桃の子太郎は、ワァーッとあくびをして、大きな木の根っこへ行って小便をして、その木をゴボッと引き抜いて、かたいで戻ってきたそうな。
「ばあさん、もどったで」
いうから出てみたら、ふりかたいでもどったのは、ぎょうさんな、がいなもんじゃ。
「どこへ置こうか、庭端(かどはな)へ置こうか」
「庭端へ置きゃあ、庭端がくだける」
「そんなら軒下へ置こうか」
「軒下へ置きゃあ、軒下がくだける」
「そんなら、木床(きどこ)へ置こうか」
「木床へ置きゃあ、木床が割れる」
そこで、桃の子太郎は、裏の川へ投げ込んだところが、パッシャーン!と大きな音がして、
じいはじっくり、ばあはばっくり腰をぬかしたそうな。

昔こっぽり。

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寝てばっかりの桃の小太郎は実は力持ちだったというお話で、鬼退治はしません。話としてはあまりストーリー性はないですね。でも、ことばのリズムがおもしろいので、いろりばたで子供たちは目を輝かせて聞いていたのでしょう。その証拠にずっとずっとちゃんと語り継がれてきています。

昔話には、悪いことをしたもの(悪いおじいさんとか悪いきつねとか)を最後にはとっても懲らしめるという結論が多いですが、最近では悪いことをしたものも改心したので、許してあげるというようにストーリーを変えたり、残虐な個所のあるお話を隠したりする傾向があります。
子どもたちは、楽しいことも良いことも悪いこともつらいこともひどいことも・・・(全部この世の現実なんですから) いろんな感情をお話から経験して、正しい考えができる『人』に成長していくのではないのかなって思っています。
                      絵は娘が小学校のころパソコンで描いたものです

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